大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10102号 判決 1968年10月11日

原告 大東京信用組合

被告 倉本節生 外五名

主文

一、被告倉本節生は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき東京法務局世田谷出張所昭和三三年七月三〇日受付第二〇、四九七号をもつてした停止条件付所有権移転仮登記の、同目録記載の建物につき同出張所同日受付第二〇、四九七号をもつてした所有権移転請求権保全仮登記の各本登記手続をし、かつ右土地建物を明渡せ。

二、被告株式会社国民相互銀行、被告伊藤忠商事株式会社、被告大同野崎食品工業株式会社、被告野崎産業株式会社および被告日食商事株式会社は原告に対し、前項記載の本登記手続を承諾せよ。

三、訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨とその答弁)

原告は、主文同旨の判決を求め、被告倉本、同国民相互銀行、同伊藤忠商事、同日食商事は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求の原因)

一、原告は、昭和三〇年一〇月七日、訴外倉本畜産株式会社(以下倉本畜産という)と手形貸付、手形割引、証書貸付等の取引契約を締結し、倉本畜産は、原告に対し、この取引契約に基づく債務を期限に履行しないときは、日歩七銭の割合による損害金を支払う旨約した。

二、被告倉本は、昭和三三年七月二九日、原告に対し、倉本畜産の前記取引契約に基づく原告に対する債務を担保するため、同被告所有の別紙目録記載の土地建物(以下本件土地建物という)につき、元本極度額金二、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、かつ倉本畜産が右取引より生ずる債務を履行しないときは、原告は、本件土地建物を右債務の弁済に代えて取得できる旨の代物弁済の予約をし、東京法務局世田谷出張所昭和三三年七月三〇日受付第二〇四九七号をもつて、土地については停止条件付所有権移転仮登記建物については所有権移転請求権保全仮登記をした。

三、倉本畜産は、原告に対し、前記取引契約に基づき別紙手形目録<省略>記載の約束手形一三通を全部拒絶証書作成を免除の上、それぞれ振出日頃、裏書譲渡した。

四、原告は、それぞれ支払期日に(但し別紙手形目録記載の(ニ)の手形については昭和四〇年一二月一三日に、(ハ)の手形については昭和四一年二月三日に)、右一三通の約束手形を支払のため支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶された。その後倉本畜産は、手形の内金五六八、一三五円を支払つた。

五、そこで原告は、昭和四一年九月九日到達の内容証明郵便をもつて被告倉本に対し、倉本畜産に対する前記手形金残金一三、四三一、八三二円および各手形の呈示の翌日から昭和四一年八月三〇日まで日歩七銭の割合による損害金合計金二、三四五、二三六円の以上合計金一五、七七七、〇六八円の債権の支払に代えて本件土地建物を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をなした。

六、被告倉本は、本件土地建物を占有している。

その余の被告らのため、本件土地建物については、東京法務局世田谷出張所受付の左記の各登記がなされている。

(一)  被告国民相互銀行のため

昭和三四年一一月二五日受付

第三二、一七二号 根抵当権設定登記

第三二、一七三号 (土地につき)停止条件付所有権移転請求権仮登記

(建物につき)所有権移転請求権保全仮登記

第三二、一七四号 賃借権設定請求権保全仮登記

(二)  被告伊藤忠商事のため

昭和三五年一一月二二日受付

第三一、二六八号 根抵当権設定登記

第三一、二六九号 (土地につき)停止条件付所有権移転請求権仮登記

(建物につき)所有権移転請求権保全仮登記

(三)  被告大同野崎食品工業のため

昭和四〇年一一月二六日受付

第三五、六六九号 根抵当権設定登記

(四)  被告野崎産業のため

昭和四〇年一一月二六日受付

第三五、七三八号 抵当権設定登記

(五)  被告日食商事のため

昭和四〇年一一月二九日受付

第三五、八八九号 抵当権設定登記

七、よつて原告は、被告倉本に対し、本件土地建物につき第二項記載の仮登記の本登記手続をなすこと、および本件土地建物の明渡しを、被告国民相互銀行、同伊藤忠商事、同大同野崎食品工業、同野崎産業、同日食商事に対しては、本件土地建物につき原告が前記仮登記の本登記手続をするにつき承諾を求める。

(請求原因に対する認否)

被告倉本は請求原因事実を全部認め、被告伊藤忠商事、同国民相互銀行(但し、同被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないから、その陳述したものとみなされた答弁書の記載による。)は、本件土地建物につき、原告が請求原因第二項記載の仮登記を、同被告らが請求原因第五項記載の登記を、それぞれ有している事実のみ認め、その余の事実は知らないと述べ、被告日食商事は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた答弁書によれば、請求原因事実を全部否認した。

(抗弁)

一、被告倉本、同伊藤忠商事の抗弁

(一)  原告は、昭和四一年四月一日被告に対して本件手形金債務の期限を猶予した。

(二)  本件の如く、根抵当権設定契約に併せて代物弁済予約がなされた場合は、右予約の実質は債務者の根抵当債務の履行を担保するためになした担保権の設定にほかならず、その予約完結権の行使は根抵当債務の不履行を前提としてなされるものである以上、根抵当権の極度額の範囲の債権に対してのみ許され、原告主張の如き右極度額を超過した債権額に対してなした予約完結権の行使は無効である。

(三)  仮りに原告の予約完結権の行使を極度額である債権額金二、〇〇〇、〇〇〇円に対するものとみて、有効と解しても、本件土地建物の価額は、代物弁済予約締結時において金二〇、〇〇〇、〇〇〇円、予約完結時においては金五〇、〇〇〇、〇〇〇円以上であるから、これをもつて前記金二、〇〇〇、〇〇〇円の債権の代物弁済として取得することは暴利行為であり無効である。

二、被告倉本の抗弁

(一)  仮りに原告の予約完結権行使が、原告主張の如き金一五、七七七、〇六八円の債権に対するものとして有効と解しても前記抗弁一(三)記載の如き価額を有する本件土地建物を右債権の代物弁済として取得することは、やはり暴利行為であり無効である。

三、被告伊藤忠商事の抗弁

(一)  本件の如く、根抵当権設定に併せて代物弁済予約が行われている場合予約完結権行使前に同一物件について、抵当権その他の担保権を有する後順位債権者が存し、且つ予約完結権行使時の担保物件の時価が、債権者の被担保債権額よりも大であり、若し、債権者が根抵当権の実行の方を選んだならば抵当権等の担保権を有する後順位債権者がその優先順位に従い、競売代金よりその債権の全部又は一部の弁済を受けうる場合には、先順位担保権者の意思如何により、後順位担保権者の地位に消長を来すことは、代物弁済予約の実質を単なる根抵当債務の担保と解する趣旨に相矛盾する結果、債権者が予約完結権を行使することは、権利の濫用であり、無効である。

(二)  仮りに原告の予約完結権行使が有効としても、本件土地建物の予約締結時における価額は前記のように金二〇、〇〇〇、〇〇〇円程度であり、根抵当極度額たる金二、〇〇〇、〇〇〇円との間に合理的均衡はないから、本件土地建物の時価から右金二、〇〇〇、〇〇〇円を控除した差額は清算されるべきである。又仮りに原告の予約完結権行使が、原告主張のように金一五、七七七、〇六八円の債権に対するものとして有効としても、同様に、本件土地建物の時価より右金額を控除した差額は清算されるべきである。

(抗弁に対する認否)

抗弁事実を否認する。

(証拠)<省略>

理由

(請求原因について)

一、被告大同野崎食品工業および同野崎産業は、適式の呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないから、原告主張事実を自白したものとみなす。右の事実によれば、原告の同被告らに対する請求は理由がある。

二、被告倉本に関して

請求原因事実は、原告と被告倉本との間においては争いない。

三、被告伊藤忠商事、同国民相互銀行、同日食商事に関して

原告と被告伊藤忠商事との間においては成立に争いなく、原告と被告国民相互銀行および同日食商事との間においては証人石井正雄および同五十幡文雄の各証言により真正の成立を認める甲第一号証、甲第二号証の一ないし三、甲第五ないし第一七号証、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第三および第四号証によれば、原告が昭和三〇年一〇月七日倉本畜産と原告主張のような取引契約を締結し、被告倉本が昭和三三年七月二九日原告に対し、右取引契約から生ずる倉本畜産の債務を担保するため、同被告所有の本件土地建物につき元本極度額二、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定し、かつ倉本畜産が右債務を遅滞したときは、右債務の支払に代えて、本件土地建物を給付する旨の代物弁済の予約をし、原告主張のとおり本件土地建物に仮登記を経たこと、倉本畜産が原告に対し、別紙目録記載の約束手形一三通を裏書譲渡し、原告が原告主張の日右各手形を支払場所に呈示したが支払を拒絶されたことが認められる(仮登記の事実は、原告と被告国民相互銀行および同伊藤忠商事との間においては争いない。)。原告が右手形金の内金五六八、一三五円の支払を受けたことは原告の自認するところである。原告と被告伊藤忠商事との間においては成立に争いなく、原告と被告国民相互銀行と同日食商事との間においては弁論の全趣旨により真正の成立を認める甲第一八および第一九号証によれば、原告が昭和四一年九月九日被告倉本に到達した書面で同被告に対し、右手形残金一三、四三一、八三二円およびこれに対する昭和四一年八月三〇日までの損害金二、三四五、二三六円の合計金一五、七七七、〇六八円の債権の弁済に代えて、本件土地建物を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をしたことが認められる。原告と被告国民相互銀行および同伊藤忠商事との間においては、同被告らが本件土地建物につき原告主張のような登記を経ていることは争いなく、前記甲第三および甲第四号証によれば、被告日食商事が本件土地建物につき原告主張のような登記を経ていることが認められる。

以上の事実によれば、原告の被告国民相互銀行および同日食商事に対する請求は理由がある。

(抗弁について)

一、支払期限の猶予について

被告倉本節生本人尋問の結果によれば、被告倉本から原告組合芝浦支店長五十幡文雄に対し、前認定の手形金の支払を猶予してもらいたい旨の希望が述べられたことが窺われないでもないが、同被告本人尋問の結果によつても、同支店長がこれを承諾したことを認めるに足りない。また証人倉本史士の証言およびこれによつて真正の成立を認める乙第一、二号証によつても、被告主張の期限の猶予を認めるに足りず、その他これを認めるに足りる証拠はない。

二、予約完結権行使が根抵当極度額の範囲内の債権額に限られるという主張について

倉本畜産が昭和三〇年一〇月七日原告と締結した取引契約から生ずる債務の履行を遅滞したときは、原告が右債務の履行に代えて本件土地建物を取得できるとの代物弁済の予約が成立するとともに、原告が右債権担保のために本件土地建物に債権極度額二、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権を設定したことは前認定のとおりであり、このことと前記甲第二号証の三によれば、原告と被告倉本とは、昭和三三年七月二九日右債務の総額が根抵当極度額と同額若しくはこれを超過する場合には、原告が本件土地建物の価格を右極度額と同額なるものとみなして、債務の支払に代えてこれを取得できる旨の約束をしたことが認められる。しかし根抵当権極度額の債務の範囲内においてのみ代物弁済の予約を完結できる旨の契約があつたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると原告が根抵当権極度額を超える債務の代物弁済として本件土地建物を取得することは、少しも差支えないわけである。

のみならず、一般的にいつても、根抵当権設定と代物弁済予約が同一の継続取引契約による債務を担保するため併存する場合でも、両者はそれぞれ独立に、同一の被担保債権を担保するものである。根抵当権を実行する場合は、債権者の優先弁済権がその極度額に限られるけれども、代物弁済予約の完結権行使が右極度額内でしかなしえないと解すべき理由はない。被告倉本ら主張のように解するときは、債務額が根抵当権極度額を超過している本件のような場合、債務者に不利であつても、有利となることはないからである。

三、暴利行為について

前記のとおり、本件予約完結権行使が、根抵当極度額の範囲内の債権に対するものに限定されるべきではないから、右極度額と本件土地建物の価額を対比しての同被告らの暴利行為の主張は、その前提が誤つているから、採用しない。

鑑定人宮下正一郎の鑑定の結果によれば、代物弁済の予約締結当時の本件土地建物の価額は金六、〇三四、九六〇円であり、代物弁済予約完結権を行使した時の右価額は金三一、一一八、五七四円であることが認められる。これによれば代物弁済予約完結当時本件土地建物の価額は、債務額に比して約二倍弱であつたことになるが、このことだけでは、本件代物弁済が暴利行為で無効であるということにはならない。

四、権利の濫用について

同一債権担保のため、根抵当権設定と代物弁済予約が併存している場合、債権者は、債権の取立のため二者のうちいずれか適宜な方法を選択できるのである。被担保債権額が、抵当物件価額に比して過少であり、根抵当権実行をもつてしても充分にその債権額の満足を得られる場合はともかく、本件の場合のように、代物弁済予約の完結権行使の基礎となる債権額と、根抵当権によつて担保される債権極度額との間に大きな開がある場合においては、根抵当権の実行によつては、全債権の満足を得られないおそれがあるから、債権者が予約完結権を行使しても、これを権利の濫用と目しえない。のみならず、代物弁済予約の形式をとつても、債権額と目的不動産の価額が合理的均衡を失して、これを清算義務を伴う債権担保契約と解すべき場合は、後順位抵当権者も換価代金から債権の満足を得られる余地があるのであるから、代物弁済の予約完結によつて、後順位抵当権者が不当に害されるということにはならないのである。

五、差額清算について

同一の債権を担保するため抵当権と代物弁済の予約が併存する場合は、代物弁済予約の実体は、原則として所有権移転形式による特殊な債権担保契約とみるべきである。継続的取引契約から生ずる将来の債権を担保するために、不動産に根抵当権を設定するとともに、不動産に代物弁済予約を締結した場合には、予約締結当時において、不動産の価額と債権とを比較することはできないから、代物弁済の予約完結の意思表示をした時において、不動産の価額と債権額とを比較し、両者が合理的均衡を失するときは、債権者は目的不動産を換価処分してこれによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、残額はこれを債務者に返還すべきものと解するのが相当である。

ところで原告が代物弁済予約完結の意思表示をした当時においては、本件土地建物の価額が債権額に比して約二倍弱であり、不動産の価額が債権額より金一一、三四一、五〇六円超過していたことは前認定のとおりである。これによれば、本件代物弁済の予約は、特別の事情のない限り、右にいう清算関係を伴う債権担保契約と解すべきである。

原告が代物弁済の予約に基づき所有権移転請求権保全の仮登記をした後に、被告伊藤忠商事が本件土地建物に根抵当権設定登記および所有権移転請求権保全仮登記をしたことは前記のとおりである。

そこで清算関係を伴う代物弁済の予約を締結した場合、予約権利者である仮登記権利者(原告)は、仮登記義務者(被告倉本)又は後順位仮登記権利者ないし後順位担保権者(被告伊藤忠商事)に対し、いかなる法的地位を主張できるかという問題を生ずる。債権者は、代物弁済の予約を完結し、不動産を換価処分して債権の優先弁済を受ける外ないのであるが、換価処分を実効あらしめるためには、債権者が目的物を完全に支配すること、すなわち目的物を占有し、それにつき所有権取得登記を経ることが必須の要件となる。ただし債務者が占有し、かつ所有権取得登記を有している状態においては、換価処分は極めて困難であるし、仮に換価処分ができても、相当な価額で換価できないからである。従つて仮登記権利者たる債権者は、仮登記義務者に対し、不動産につきなされた仮登記の本登記手続と不動産の明渡を請求することができる。ところで後順位仮登記権利者と後順位担保権者がある場合、これらの者が右の本登記手続を承諾しない限り、債務者のみが本登記手続を承諾し、又はこれに代る確定判決を得ても、仮登記権利者たる債権者は、本登記手続をすることができない結果となる。そうすると不動産を換価処分して優先弁済を受けるという担保的予約としての実行は事実上不可能となるから、仮登記権利者は後順位仮登記権利者又は競売手続申立以前の後順位抵当権者に対し、仮登記の本登記手続に承諾することを請求できる。後順位者は、先順位者の処分売得金の剰余に対し、担保物権者たる資格において配当を要求できると解するならば、後順位者の権利を不当に害することにはならない。もともと先順位仮登記権利者に後れた者は、先順位者が清算した剰余金について、法律上弁済を期待できる地位にあるに過ぎないからである。

以上により被告倉本らの抗弁はすべて採用しない。

(結論)

よつて、被告倉本は、代物弁済予約完結の効力として、仮登記の本登記手続をし、かつ本件土地建物を明渡し、その余の被告らは右本登記手続を承諾する義務があるから、原告の被告らに対する請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

(別紙)

物件目録

東京都世田谷区北沢一丁目三六一番の二

一、宅地 五四五、九八平方米(一六五、一六坪)

同都同区北沢一丁目三六一番地所在

家屋番号 二一二番

一、木造亜鉛メツキ鋼板瓦交葺二階建居宅

一階 一三一、〇四平方米(三九、六四坪)

二階 四一、三二平方米(一二、五〇坪)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例